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閑居老人独語126

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07 /30 2020
 わが街の公共施設内にある、囲碁・将棋ができる交流スペ-スを車で通りながら外からのぞいてみた。コロナ以前はいつも満員だったが、将棋を指している人が二組だけ。さすがに自粛しているのか。
 昨日の女流立葵杯、藤沢さんが勝って4連覇を達成した。記念品の絵皿、なかなか素敵でしたね。
 春蘭杯は井山、芝野の両エースは早々と敗退。本木八段も完敗。相手が強かった。村川九段、余八段は勝利した。ただ、相手に恵まれたともいえる。
 今日木曜日は手合い日だから、いろいろな重要対局が組まれている。
 8月1日からはグロービス杯U20が始まる。日本代表は広瀬優一四段、上野愛咲美三段ら6名。

 今朝も目を覚ますと庭の敷石がしっとりと濡れていた。7月も終わろうというのに梅雨明けの気配が見えない。近所の子どもたちが登校していく。本来なら真夏の太陽が照りつけ、学校は夏休みに入っているわけだが…。
 散歩の途中、畑に立ち寄り、胡瓜、茄子、トマト、ピーマン、ししとうをもぎってくる。いま胡瓜がたくさん獲れる。毎日新聞の「余録」に山頭火の句が紹介されていた。
  茄子胡瓜胡瓜茄子ばかりたべる涼しさ
 朝日新聞にはこんな句も。
  そこしれぬ長雨となり蛍草
 蛍草とは散歩の途次よく見かけるツユクサのこと。「そこしれぬ長雨」にはいささかうんざりだが、九州、四国、中国地方は今日梅雨明けの発表があった。ツユクサは古くから日本人に親しまれてきた花で、万葉集には「つきくさ」の名で9首も詠まれている。
  つき草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ
 朝咲いた花が昼しぼむことから、移ろいやすいもの、儚さの象徴とされている。
 今日また、東京のコロナ感染者は最多記録を更新したという。この間、首相の存在感はまるでない。野党が国会を開催して首相の説明を求めるという要求をしている。当然のことだろう。コロナ対策、災害対策、沈黙しているだけでは事は済まない。東京都は8月いっぱい飲食店の営業時間短縮を再び要請するという。
  解除後のコロナ感染第二波の流行恐れ自粛続ける。
 毎日新聞にあった投稿歌だ。第二波は間違いなく来ている。いまや閑居老人になってしまった自分にとって、自粛生活は究極の骨休めと前向きにとらえることも可能だ。散歩と読書とパソコン囲碁と駄文綴り、毎日のようにカレンダーの予定が埋まっていたころなら、むしろ憧れの生活かもしれない。
 今の生活に何も困ることはないのだが、散歩の途中ふと思う。「社会との接点がなくなっているのではないか、人と接する喜びがなくなっているのではないか」と。そこにかすかな不安を感じる。
 その不安は次のような歌にもつながっていく。いずれも『北村薫のうた合わせ百人一首』より。
  この朝クロワッサンちぎりつつ今はどこなる一生の中のどこなる(高瀬一誌)
  うつうつと青葉を洩るる日のひかり後半生のどのあたりなる(藤井常世)
  今生のいまどのあたり紫陽花のつゆの晴間を深む藍色(小原起久子)
  いま我は生(よ)のどのあたり とある日の日暮里に見し脚のなき虹(桑原正紀)
 自分が後半生に入っていることは確かだが、後半生のどの辺りなのかは神のみぞ知る。いつ収束するかわからないコロナ後の希望を新たにみつけていきたい。
 
 
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