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閑居老人独語125

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07 /29 2020
 アマ大会はもう半年近く開かれず、自分が碁を打ちに出かける場所もない。その代わり、いまは家でネット中継を見る機会が増えた。今日は女流立葵杯の第2局が日本棋院で行われている。椅子対局だ。一昨日行われた第1局は藤沢立葵杯がきわどく半目勝負を制した。その日、行われた名人戦リーグの井山―張栩戦も半目勝負。将棋の終盤と比べると囲碁の終盤はいま一つ迫力に欠けると思っていたが、半目勝負のドキドキ感は将棋の終盤に勝るとも劣らない。今日はどんな勝負になるやら。結果は藤沢が勝ってタイトル防衛を決めた。
 国際戦「春蘭杯」も今日からネット対局で1回戦が始まった。日本を代表する井山三冠、芝野三冠らが参加する。井山の相手は韓国の強豪。こちらも気になるところだ.。中継がないかと探したらユーチューブでやっている。韓国語放送に日本語の通訳らしき者が解説していた。右上で早くも勝負どころを迎えているようで、見始めたらやめられない熱戦だ。結果は井山の中押し負け。

 朝は霧雨模様。9時過ぎ、庭の敷石が乾いてきたのを見届けて散歩に出た。半袖では寒い。薄手のウインドブレーカーを羽織ってちょうどいいくらいだ。いつものコースの途中、休耕田にまた一つ太陽光発電の器材を設置する工事が始まっていた。ふと、昔の同僚が「我が家の周りに農家が17軒あるが、自分のところで米作りをしているのは3軒しかない」と話したことがあるのを思い出した。井上ひさしの『コメの話』の警鐘が思い出される。
 山形県の大雨で最上川が大石田町で3カ所氾濫したというニュースがあった。たいへんな被害が出ている。大石田は斎藤茂吉と芭蕉ゆかりの地ゆえに何度か足を運んだところ。大石田そば街道にあるそばやの漬物が絶品だったなあ。そんなのんきなことを言っている場合ではないのだが。
  最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも
 茂吉が戦後2年あまり大石田に住んだときに詠んだ絶唱だ。芭蕉が逗留した尾花沢の清風宅も近い。
 今日一日だけでコロナの感染者が1000人を超えた。過去最多である。政府の無策がなせる業というしかない。
  ひとりでは恥ずかしいから八千万枚―ええっアベノマスクなお配布(選者評)
  銭失いのマスク量産―税金だぜ
 官房長官は会見で「有意義」と宣うたようだが、配布される予定の介護施設や保育所の現場では「届いても使わない」という声が多い。世紀の愚策、無策の象徴のようではないか。GoToどころではないでしょ。
 今日はゴッホの命日だという。亡くなったのがちょうど130年前。テレビニュースで、最後の作品となった「木の根と幹」を描いた場所が判明したとあった。いまちょうど、ゴッホと弟のテオ、日本の画商・林忠正らをめぐる原田マハさんの小説『たゆたえども沈まず』を読んでいる。読み終わったら感想を記したい。
 その前に読んだのが『日本美術の底力―「縄文×弥生」で解き明かす』という山下裕二さんの本。先に2016年の「若冲展」に触れた。約1か月の会期中に45万人近くが殺到したという展覧会だ。今でこそ「若冲パンデミック」の様相を呈しているが、私たちが高校で習った当時の日本史の教科書には若冲はその名さえ出てこなかった気がする。その理由を山下さんは二つ挙げる。
 一つは日本の美術史が「流派」の歴史として編まれてきたことにあるから。2019年に同じ東京都美術館で開催された「奇想の系譜 江戸絵画ミラクルワールド」も大人気だった。いずれも「知られざる凄腕の絵師」を集めたもので、伊藤若冲、曽我蕭白、長澤芦雪、岩佐又兵衛等々が取り上げられていた。狩野派でも土佐派でもない。
 もう一つの理由は、学校で教わる日本美術の名品は、「洗練」されていて「シンプル」、あるいは「静的」で、どちらかというと「淡泊」だった。要は端正で繊細な優美さこそが日本美術の正当とされていたから。それに対し、奇想の系譜に属する絵師たちの作品は「装飾的」で、「動的」で、「過剰」といえる。それゆえに光が当たることがなかったのだ。
 その両者の特徴を「縄文」と「弥生」という二大類型になぞらえようと山下さんは試みる。もちろん前者が「弥生」であり、後者が「縄文」。弥生のみに光があたっていた時代に、縄文賛歌の先鞭をつけたのが、前衛芸術家・岡本太郎の「縄文土器論」。岡本は縄文土器との出会いを「血の中に力がふき起るのを覚えた」と興奮気味に綴った。多くの人が、国宝に指定されているあの火焔型土器を思い浮かべるに違いない。もう一つは1970年に『奇想の系譜』を書いて、前記の画家たちを紹介した辻惟雄。これがちくま文庫で出たとき、その目新しさに目を奪われた記憶がある。
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