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12月~3月の予定

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11 /30 2014
 【12月】
 7(日)   行田市級位者団体戦      行田市教育文化センター「みらい」
20(土)~
21(日)   北星会第73回大会       小鹿野町越後屋旅館
23(祝)   くまがや囲碁まつり        熊谷中央公民館
 【1月】
18(日)   高総文祭一次選考会      熊谷高
18(日)   東日本大学OB、OG団体戦  日本棋院
24(土)~
25(日)   関東高校選手権         北本市文化センター
【2月】
 7(土)   行田市少年少女大会      行田市教育文化センター「みらい」 
 8(日)   学校囲碁指導員講習会     熊谷市中央公民館
14(土)   埼玉女流名人戦         囲碁サロン新都心 
15(日)   埼玉女性大会           さいたま共済会館
22(日)   ジャンボ囲碁大会        日本棋院
【3月】    
15(日)   朝日ジュニア名人戦       川口市立中央ふれあい館
25(水)   十段戦前夜祭           川口
26(木)   十段戦第2局川口開催     川口
     
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田熊さんが3度目の優勝

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11 /30 2014
 第57期埼玉囲碁名人戦(埼玉新聞社、日本棋院埼玉県支部連合会主催)の決勝大会が30日、さいたま市の囲碁サロンさいたま新都心で行われ、田熊秀行さん(川口)が3度目の優勝を遂げた。
 2日目のこの日は、初日に勝ち残った16人によって本戦2回戦から決勝までが打たれた。
 準決勝には10代の中学、高校生が3人残り、県碁界の若返りを強く印象づけた。
 決勝はベテランの田熊さんと、初優勝をめざす浦和高1年の津田裕生君(さいたま)との対戦となり、鋭い読み比べを制した田熊さんが押し切った。
 田熊さんは47歳の国家公務員。「最近は若い人に続けて負けていたので今日は勝ちたかった」と控えめに喜びを語った。
 準々決勝からの結果は次の通り(敬称略、左勝ち)
 【準々決勝】
 池田晃希(さいたま)―13目半―森洋三(さいたま)
 津田裕生(さいたま)―中押し―新増季治(熊谷)
 田熊秀行(川口)―時間切れ―大倉健二(吉川)
 中島 駿(川口)―中押し―青松良吉(越谷)
 【準決勝】
 津田―14目半―池田
 田熊―18目半―中島
 【決勝】
 田熊―中押し―津田 少し大きい文字

中島君らが勝ち残る

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11 /23 2014
 第57期埼玉囲碁名人戦(埼玉新聞社主催)の初日が23日、川口市立中央ふれあい館で行われ、中学生の中島駿君ら16人が2日目に勝ち残った。2日目は30日にさいたま新都心で行われる。
 大会には小学1年生から86歳まで68人が参加した。4人一組で予選リーグ戦を2局打ち、2勝者は通過、2敗者は失格、1勝1敗者は抽選で本戦に進出した。
 本戦1回戦からは、昨年ベスト8の4人のシード選手も加わり、次の通り勝ち残り者が決まった。(敬称略)
 江森公洋(久喜)、森洋三、池田晃希、津田裕生、溝口拓治、高橋治(以上さいたま)、小川賢(戸田)、新増季治(熊谷)、古沢正賢(長瀞)、吉田哲(白岡)、田熊秀行、中島駿(以上川口)、鈴木正文(本庄)、大倉健二(吉川)、山田悟(ふじみ野)、青松良吉(越谷)



津田君、斉木さんが優勝

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11 /16 2014
 第30回関東高校囲碁選手権埼玉県予選の団体戦が15日に大宮高校で、個人戦が16日に浦和高校で行われた。
 団体戦は男子が浦和高、女子は大宮商高、個人戦では津田裕生君(浦和1年)と斉木果穂さん(早大本庄2年)が優勝した。
 大会は19路盤戦のほかに9路盤戦も行われ、6部門にわたって関東大会の出場権を争った。
 関東大会は来年1月、北本市で開催される。
 また個人戦と並行して中学・高校新人大会も行われた。
 各部門の入賞は次の通り(敬称略、○数字は関東大会代表)。
 【男子団体戦】①浦和(津田裕生、井原理志、葛西雄理)②春日部(香取瑞生、瀬尾宜希、田坂建篤)3東野
 【女子団体戦】①大宮商(中里綺莉、鹿田菜月、細田七海)
 【男子個人戦】①津田裕生②染谷州真(慶応志木)3保泉和俊(松山)
 【女子個人戦】①斉木果穂②中里綺莉(大宮商)
 【男子9路盤戦】①湯本達也(浦和)②瀬尾宜希(春日部)
 【女子9路盤戦】①風岡涼子(大宮商)
 【新人大会優勝者】A伊藤佳菜子(星野中)  B松本孝太朗(東野)

級位者大会

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11 /13 2014
 第6回級位者のための囲碁大会が13日、北浦和のカルタスホールで行われ、神田明美さん(川口)らが優勝した。
 大会にはさいたま市をはじめ県内各地から97人が参加した。棋力は1級から12級まで。
 棋力別に4グループに分かれて変則リーグ戦で4局打ち、全勝者は優勝と昇級を勝ち取った。またBクラス(4~6級)以下の成績優秀者も昇級した。
 優勝者と昇級者は次の通り(敬称略)。
【優勝者】A―原山睦、神田明美、田口晴義、B―菊川勝太郎、C―小林修一、D―赤山ヒデ
【昇級者】白石洋一、田宮嘉雄、山口衛、岩上薫、田沼恵子、米田久子、青木きみ子

木谷道場マル秘エピソード

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11 /05 2014
 川越囲碁まつりにおける大澤摩耶さんと中村文萌さんとの特別対局の解説の際、聞き手の木谷正道さんに誘導される形で解説の小林光一名誉棋聖から、懐かしくも楽しい道場のエピソードを聞くことができた。
 メモすることができた範囲で書き留めておこう。
 「この第1回大会で村上深さんと打った林君、彼はいま院生になっているそうですが、なかなか強かったですね」
 「いま院生も強くなっていますよね。僕らの時と比べ、入段する子は2子ぐらい強いんじゃないかな」
 「昔の新入段者はトップに対して2子は違いましたよね」
 「いまはすぐいい勝負できますからね」
 「私が北海道から入門したころ、兄弟子に3子置かされていつの間にか負かされてしまうんですよ。 北北海道大会で優勝してそこそこに自信を持ってきたんですけど、兄弟子は容赦しないですからね。加藤さんには6子まで打ち込まれ、ずいぶん泣かされましたね」
 「趙治勲さんが6歳で来日し、ちょうど木谷一門百段突破記念会の席上、林海峰さんに5子で勝ったんですよ。ところが、道場では兄弟子に星目以上にさせられちゃうんですよ」
 「やはり自分にとって趙さんが一番刺激になりましたよね。入門して最初、腰に拳銃をさげて遊んでいる趙さんに先で打たされましたね。はじめよその子かなと思っていたのですが…。まあ、それで発奮して1年先にプロになれたんです」
 「当時、道場では16歳の石田さんなどたいへんな貫録でしたね。自分に2子で勝てれば入段は間違いないと豪語していましたよ。私の四谷一中の入学式には石田さんが親代わりになって連れて行ってくれました」
 「いまだに不思議なのは僕の入門したころ、先生は病気で入院中だったんですよね。よく弟子にとってもらえたと思うんです。弟子になっていなければその後の小林光一はないわけですからね」
 「当時、家族は父の体のことがあるので弟子をとるのに反対でした。でも兄弟子が面倒見てくれたんですね」
 「僕が最後の弟子ということでしたが、結果的にはその後に何人も入門していますよね」
 「光ちゃんが並み居る先輩たちに追いついたなと感じたのはいつごろですか」
 「いやあ、僕は大事なところでよく負けましたよ。秘蔵弟子の河野臨がよく似ちゃってね。七番勝負に初めて出たのが33歳でした。今の河野臨とおなじですよね」
 「七番勝負に出るための挑戦者を決める碁で5回続けて負けたんですね。趙さんに初めて挑戦したとき、彼は24歳で名人になり、5連覇していたんですね。小林ではダメだろうという世評もありましたが、趙さんには意外と対戦成績もよく、自信はありました」
 「先日、あるパーティーで河野臨と会って、そのときは彼が井山さんに2勝1敗と勝ち越していたときですが、4局目を勝って先に相手をカド番に追い込まなくてはダメだと言ったのがプレッシャーをかかけてしまったかなと反省しているんですよ」
 「彼を弟子にするとき、ちょうど自分の対局がたいへんな時で、弟子をとるどころではなかったのですが、禮子がこの子を是非に言ってきたんですね」
 「光ちゃんは名誉称号をいくつ持っているんでしたっけ」
 「棋聖、名人、碁聖の三つです」
 「名誉称号を得る資格は?」
 「連続5期か、通算10期ですね」
 「タイトルを維持している時の感じはどんなものなんですか」
 「僕は出世が遅かったから、それまでに泣きが入った分、タイトルのありがたみを感じていましたよ」
 「いま考えると、この人が出てくるといやだなあと思う人が必ず出てくるんですよ。僕の場合、加藤さんがいやでしたね。内弟子時代、ずいぶんいじめられましたからね」
 「加藤さんは大竹さんに弱いんですね。僕と同じようにいじめられたんじゃないかな」
 「道場では加藤さんと小林さんはどちらかというとあまり目立たなかったですね。春山さんとか上村さんとかのほうがむしろ目立っていましたよね」
 「加藤さんがあるとき木谷先生の前で碁を並べたら、先生からたった一言『碁がぬるい』と言われたんですね。その一言で目覚めたのか、のちに殺し屋になりましたからね。僕なんか並べても何も言われないことがよくありました」
 「父はほとんど何も言わない人だったですね。決して決めつけるようなことは言わないんです。いいとか悪いとかではなく、梶原先生とは正反対でしたね」
 「梶原先生には小目に打つと叱られるんですね。延々と30分ぐらい、星がバランスがいいというご高説を述べ続けるんですね。三栄会で三羽ガラスが力をつけたのは梶原先生に負うところが大きかったんじゃないかな」
 「父は当然信念はあるのでしょうが、自分の流儀を押し付けることはしませんでしたね。これも一局の碁という感じで、検討のあとアッハッハと笑っていました」
 「僕も弟子が8人いるけど、木谷先生に倣っています」
 「ところで、光ちゃんは怒られたことある? 私は2回だけ父に怒られた記憶があります。1回は碁を真剣に打っていないと、もう一回は宮沢吾朗の頭をポカンと殴ったら『「師匠の私が手を出したこともないのに何事だ』」とひどく怒られました」
 「先生は叱られなかったけど美晴お母さんにはよく怒られました。弟子たちは『見張るおかあさん』と言ってましたね」
 「いあや、それは初耳でしたね」
 対局者の手が止まると、こんな話が随所に織り込まれ、楽しいひと時でした。

川越囲碁まつり

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11 /03 2014
 プロ棋士との対局が楽しめる第3回川越囲碁まつりが3日、川越市の蓮馨寺で行われた。
 日本棋院からは川越市在住の中村秀仁九段、本県出身の宮崎龍太郎七段、安斎伸彰六段、大澤奈留美四段ら棋士11人が参加した。
 メインはプロ棋士9人が約140人を2回に分けて相手にする「百面打ち」
 並行して小林光一名誉棋聖と地元アマとの3面打ち特別対局も行われた。3子で挑戦した小島佑介さんは10目勝ちを収めた。
 つづいて大澤摩耶さんと、こども棋聖戦県大会優勝者の中村文萌さん(川越市立高階小5年)との3子局を名誉棋聖が大盤で解説した。聞き手を務めたのは故木谷實九段の子息・正道氏。合間に語られる木谷道場でのマル秘エピソードがたいへん面白かった。

オオボケnaoちゃん

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